2013年2月18日月曜日

患者の葛藤

生きたいと願う思いは大事にすべきだと思う。

はからずも、ALSという難病に侵されて、身体の自由、言葉、食べる楽しみを奪われたK-coさんは、これまで、気管切開を頑なに拒否していた。

年が明けて、誕生日を来月に控えた昨日、いつものように病院で、K-coさんのそばに居たとき、手招きして私を呼び寄せて、手のひらに文字を書いて、こう伝えた。

「ズット カンガエテイタ」
「ノドニ アナヲ アケヨウト オモウ」

気管切開を受け入れたようだ、私は

「わかった、先生に伝えるけど、自らも、先生が見えたときに伝えるんだよ」

と、答えたが、内心は複雑な思いだった。
今、肺炎を起して、体力的に衰えている状況で、気管内挿管および、気管切開術に耐えうるのか、そのリスクは?? などなどである。

しかし、本人の意思として「気管切開を望む」事を我々周囲のものが拒否することは出来ないわけで、本人が果たして、まだ生きていたいと願ってのことか、現状の呼吸不全の緩和の道筋として選択したのかは、本人の心のうちにしかないので、それをとやかく尋ねることはしなかったが、どうやら後者のほうを選んだらしいことを筆談で伝えてきた。

ともかく、この事を休み明け早々に、主治医に相談しなくてはならない。

朝、病院に電話して、医師に連絡をとると、既に医師はその事を本人から聞いており、それに関して、今後の対応を手短に話してくれた。

午後から、病院にいきます。



雨水の今日は朝から雨です。



2013年2月17日日曜日

うつ伏せ用の抱き枕

kーcoさんは、痰の排出を促すために日中、幾度か体位をうつ伏せ状態にすることがある。

その際に、抱き枕状のクッションがあると良いと看護師さんに言われており、今日はそれを調達して病室に持ち込んだ。

抱き枕といえば一般的には曲がっているが、そう言ったものでなく、棒状のクッションが良いらしいというので、ネットで探したりしたが、kーcoさんはダブルサイズの枕でもいいよねというが、やはり棒状のクッションがイイのでは?

と、布団屋さんで見かけた長座布団を縦に二つ折りにして使えば良いのでは?!と、ヒラメキ一閃。

早速、長座布団を購入して、一緒に腹巻き状の枕カバーを二つ購入して、頭の中で完成予想を想像しつつ病院に向かったのでした。

病室に入ると、早速、kーcoさんにそのアイディアを話すと、(≧∇≦)余り受けていない表情。

とにかく長座布団を袋から取り出して二つ折りにした状態で枕カバーをすると(^。^)何と素晴らしい棒状のクッションの完成ですよ。

完成した枕をkーcoさんに見せると。
表情を明るくさせて、OKサインを出します。
形状は気に入ってもらえたようです。

問題は使い勝手ですが、これまで代用で毛布を丸めて使っていた看護師さんには受けも良かったし、早速、体位をうつ伏せにして使ってもらうことにしました。

うつ伏せになっているkーcoさんに使用感を尋ねるといい感じだと言うように頷いてくれます。





2013年2月13日水曜日

伝の心、利用状況査察の日

今日は、先週連絡のあった、難病患者用の意思伝達装置「伝の心」の利用状況調査の日
神奈川県の職員2名、市の職員1名、装置の斡旋業者の方1名の4名の方が病院に見えるというので、仕事を午前中で切り上げて、私も病院に向かいました。

調査は3時半からだったので、その前に、K-coさんの側に居られる時間がありました。
ちょうど、彼女の友人もお見舞いに来てくださっていたので、ベッドサイドで話しかけたりするもののさすがに肺炎と、呼吸のし難さのためか痰の吸引で、看護師さんの処置に追われて、ゆっくりとお話も出来ない状態でしたが、k-coさんの友人はしっかり、彼女の耳元で話しかけてくれるのに応えるように頷きます。

いつもだったら、自分の手のひらに、筆談して応えるのでしょうが、今日はそんな元気も無い様子です。

友人が帰るのと入れ替わりで、伝の心の利用状況視察の職員がみえましたが
生憎、先日より病状が不安定になり、肺炎を起こして弱っているので、実際に伝の心を実際に操作している様子を見ていただくことは出来ませんでしたが、以前、kーcoさんが伝の心で書いた私へのメールを見ていただく事でその日は帰られました。


2013年2月12日火曜日

呼吸不全と肺炎

先日の、発熱はやはり、肺炎だった。

2月12日の午前中に、主治医から電話があり、「胸部レントゲンと血液検査の結果左肺に肺炎を起こしていることが判明したため、今後、抗生剤投与を行います。」

との事だった、明日(13日)、病院に行く予定だったが、今日も仕事を終えたらそのまま病院に向かった。
病室では、K-coさんのベッドサイドに点滴スタンドが何本か立っており、抗生剤と、点滴栄養etcの点滴が行われていました。

K-coさんは、目を閉じています。
息苦しさを緩和するための薬が効いているのか、うつうつとしているようですが、それでも私が側によると薄っすらと目を開けてこちらを見て、手のひらを上げようとしますよ。

声を掛けて、二言、三言、話かけるとちゃんと頷いて、自らも手のひらに文字を書いて伝えようとします。
それを観ながら、私がその文字を読み上げて彼女の意思を理解するのですが、やはり週に1,2度しか彼女の側にいて上げられないのでは、理解度が低く、何度も彼女に文字を書いてもらって、疲れさせてしまいます。

そこに、主治医が見えて、今の状況を説明してくれました。

彼女の肺炎のこと、それの治療方針と今後の状況変化などです。

今は、K-coさんにとって、酸素マスクが命の綱で、呼吸筋の衰えが進行していることで、マスクを外して痰の吸引に時間を要する事による、酸素量の低下低酸素状態のリスクなどと、今の彼女の不安。

昨年、春はまだ左手と顔面の緩みが顕著だった機能低下も、今では、嚥下障害、歩行はもとより、腕の上げ下げも機能を失って、いま呼吸機能の低下が進行しつつある。

医師はALSの病状と進行スピードは患者によってまちまちだと言うが、K-coさんの場合その進行が早いように思える。

この日の帰りに、K-coさんは、筆談で
「Aさんと、Bさんに私の今の状態を伝えて・・」と
そして
「パジャマを持ってきて・・」と伝えます。

これまで、パジャマは嫌がっていて、スパッツとTシャツトレーナーだったのに、今回の抗生剤の点滴が足の付け根の太い血管からから投与されるために、スパッツでは大変なんだと思います。

面会時間をオーバーして21時過ぎに眠り始めたK-coさんを確認して帰宅の途に付きました。

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医師によれば、この状態で、後どれくらい頑張れるかは、本人の体力と気持ち次第だと言います。
肺炎が収束に傾いてくれれば、呼吸不全の度合いも軽減される可能性もあるが、突然の窒息・・もありえるので、予断は許せない・・・ということでした。





2013年2月10日日曜日

季節が変わるのは良いけど

此のところ、K-coさんの容態は安定していたのだが、日曜日の朝、病院からの電話に飛び起きて出てみると
休日の当直担当医からだった。

前日から発熱して、体内の酸素量が落ちたために、現在、酸素量を増やしていますとの事だった。
発熱・・・と聞いて、もしや誤嚥性肺炎??と思ったが、医師によれば、熱は下がっており一時的なものである様で、肺炎の兆候は見られないということで、一先ずは安心しました。

昨日(土曜)は、仕事があったために、見舞いには行けていなかったので、今日(日曜)行くつもりにはしていたが、それにしても早朝の病院からの電話は緊張してしまいます。

病院に行く支度をして家を昼前に出て病院に入ったのはお昼過ぎ。

K-coさんは目を閉じて眠っているようでしたが、ベッドサイドに行くと薄っすら目を開けてこちらを見ます。
手のひらを動かして、挨拶してくれます。(ホッっとします。)

休日対応で、主治医が居なくて、昨日の経緯を聞くことは出来ませんでしたが、看護師長、担当看護師から話を伺いました。

話によれば、一昨日、痰の吸引中に、本人が息苦しさを訴えて、胸に手を置いて引くサイン(マスク装着)を出していたのを、吸引中の看護師が、「まだ痰がある」というサインと見間違え、長く吸引していたために酸素量の低下から、意識が飛んでしまったようだということで、そのことから、その後の経管を一旦、中止していたことで、脱水から発熱・・・との経緯を辿ってしまったのではないか・・というようなお話でした。

一応、熱も下がってベッド上では点滴で水分の供給を受けていますが、どうやら身体的疲労から眠りに落ちているようです。

そうした話を聞いて後に、いつものように一週間ぶりのお洗濯ものを済ませて、K-coさんの傍で様子を伺います。

今日は、筆談する手に力が余り入っていないようです。

指を使った筆談では、私の田舎の方から、「タンカン」取り寄せて、お世話になっている看護師さんたちに食べてもらってということを伝えてきます。

「大丈夫っ!!ちゃんと手配しておいたよ」って言うと、人差し指と親指でOKサインで頷きます。

13日は、現在、ALS協会から借り受けて使用している意思伝達PC「伝の心」の利用状況調査があるので午後から、立ち会うことになります。

k-coさんに「また13日午後から顔出すからね」というと、判ったとばかりに、これにもOKサインです。
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病院からの帰り、毎度の事ながら、病状の進行が心配でなりません
今年に入って2度目の痰の詰まりによるトラブルで、呼吸不全が進行してきているようだ。

季節が、春に向かって動き出す中、K-coさんの病状進行だけは進まないで欲しいと思う家路


2013年1月27日日曜日

春探し

一週間ぶりの病室訪問
先週は同じ病院に筋ジストロフィーで入院する娘さんを見舞いに来たという60代の女性と病院の帰りが一緒だった。

同じ電車の中で隣に座ったその女性と話すとも無く互いの家族の事が話題となった。

聞けば、その女性はご主人を遺伝性の筋ジストロフィーで亡くしており、息子さんも同じ病で亡くして、今また娘さんが発病して入院療養中だと言う。

彼女の精神的負担は計り知れないと思った。
年配の彼女は電車で2時間近くを掛けて娘さんを見舞いに川崎から来ているのだと言う。

小田原駅でそれぞれの乗り換え路線への別れ際、「頑張って下さい」と言う言葉しか見つからなかった。

以上が先週(1/20)の事だった。



そして、今日は暖かな日差しでポカポカの陽気。

家を出る前に自分の洗濯を済ませ病院に向かったのだが、途中小田原で春探しして梅の花を撮影しようとカメラを携えて城内をブラブラして紅梅と白梅のスナッをとりその足で病院へと向かった。





一時間ほど城内を散策したが、梅はまだ蕾で、一部花開いているものもあったが、見頃はまだこれからだろう。

時計は、2時半を過ぎていたので、撮影を終了して、駅に向かい、そのままK-coさんの待つ病院へと向かった。

病室の入ったのは3時をちょっと過ぎた頃。
K-coさん、マスクを装着し、いつものように横になったままテレビを観るとは無しに目を向けていました。

声を掛けると、不自由ながら、僅かに動かせる左手を手首から上げて手のひらを揺らせてお出迎えです。(ホッとする私

ひとまず、ベッドサイドにバッグを置いて、散策の成果を話して、撮ってきた写真を見せてあげると目を向けて、僅かに頷きます。

やはり大好きな猫の写真を見るときとは目の輝きが違いますが(苦笑)

そこで、たまたま、撮影中の私の足元にじゃれついて来た野良猫を撮ってましたので、その写真を見せると、目をヽ( ̄ ̄∇ ̄ ̄)ノ ランラン♪ト輝かせます。

舌先がいつも出ている子

この子が最初に足元にジャレ付いてきた

顔中傷だらけのやんちゃな子

これらの写真を、K-COさんのPCに入れて、観られるようにする事を約束して、お仕事に掛かりましたよ。

今日の仕事はいつものように、お洗濯、そして身の回りの消耗品の補充などです。

看護師さんから、必要なものの不足品を聞いて、補充しておきます。

一段落後は、K-coさんに、先週一週間の私の失敗談など話しながら過ごしました。
K-coさんからは、病室のことや看護師さんの猫好きなことなど筆談で語ります。

先週、k-coさんの隣のベッドに新しい患者さんが入院されたようで、そのことについて話してくれました。

K-coさんと同室には、同じALSの患者が二人いらっしゃって、そして他には、パーキンソン病の患者さんが二名の五名だったのですが、先週新たにパーキンソンの患者さんが入られたそうです。

その方は、比較的お元気な方で、病室内を車椅子でしょっちゅうアチコチ移動してまして、色んな事を尋ねまわっては、おしゃべり好きで話しかけるのらしいのですが、K-coさんや、もう一人のALS患者は、常時酸素マスクをしているため、話すことが出来ないし話せないので、対応に苦慮しているとか・・・

また、お隣で話していることが耳に入って、その内容でK-coさん本人が気にやんでいることなどを聞きました。

どうやら、新人の患者さんは、うちのK-coさんや、もう一人のALSの患者さんに対して、看護師さんたちが時間を掛けているなどと、他の患者さんに話していたのを耳にしたらしいのです。

その事で、K-COさんは、自分のALSという病気のこと、今の状態のことを、その新しい患者に説明してやってくれと言います。

病に失意して、療養中の病院でも尚、精神的に苦痛を味わっているんですね。
身体的なケアも必要だが、メンタルケアが、K-coさんにも、その患者さんにも必要なんだという事を感じました。

私は、そんなK-coさんに、「人は何とでも言うから、そんなの耳に入っても気にすることなんかないんだよ」って言うしかありません。

以上、今週の介護の気持ち。






2013年1月5日土曜日

気管切開は、やはり拒否

年が明けて、最初の土曜日

年末に打診していた、k-coさんの気管切開の件。

主治医と、k-coさんと私の面談が有った。

1月5日 土曜日は、午前中出勤だったので、3時過ぎに病院に向かった。

主治医は、当直だということだったのでゆっくりと時間を取ってもらって話すことが出来た。

今後の進行によっては、呼吸機能の低下は更に進み、併せて痰の詰まりや、誤嚥による急変は充分に起こりうる状況であること。

そして、現段階で、気管切開をして呼吸器の使用を始めるとなると、年末から始めた息苦しさと不安感を緩和するための医療大麻の使用をストップして、気管切開の準備を早急に進めなくてはいけないこと。

そして、何より、本人の意思が、まだ気管切開に傾いていないこと。

仮に、気管切開をして呼吸器装着をしたとしても、延命という見地から見れば、必ずしもそれを保障するものではないと言うこと。

そうした話を聞きながら、私としては、本人が望まない気管切開を私のエゴ(息苦しさに辛い思いをしている様子を見たくないという)で、推し進めることを断念し、あくまでも患者自身の尊厳を重視して、本人の意志に任せることとして

医師とともに、病室のベッドに居るk-coさんののもとに行き、改めて意思を確認して、従来の方針で行くことを決めました。

今後、k-coさんの命の残り時間がどれだけ有るかはわかりませんが、其の時が来るまで、少しでも本人が楽なように過ごしていけるようにサポートしていくだけです。

そんなわけで、何も話すこともなく、夜8時ごろまで一緒に過ごして帰る時間になりました。

毎回、病室を出て、家路に着くたびに思うのは、世の中に色んな難病があり、これといった治療応報もないまま、対処療法だけで、やがて召されるその時を待つだけの患者の気持ちです。

また、そうした難病対応の医師たちは、どんな気持ちで患者に接しているのだろうか?ということです。

医師とは。。。病を治す手助けをするもの?
治る術のない病気を担当する医師のジレンマはあるのか?

まぁ、病因すら解明されていない難病で、ましてや治療法すら確立されていない難病ですから、その進行に応じて発症するあらゆる弊害への対処を行うのが精一杯なんでしょうが。。。

恨むべきは、その病気なりっ!! ってところですかね。

対応してくださる、医師も看護師も、現状の対処に精一杯当たってくれているので、それだけでもありがたいことです。