ラベル 看護 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 看護 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月7日日曜日

今日はあったかいよ、K-COさん

2月7日、日曜日

いつものように、K-COさんのもとに見舞いにやってきました。
日差しが暖かくて、晴天だった南足柄をお昼過ぎに出て、着いた風祭は、にわか雨か?ポツリポツリと雨が落ちていたが、それも上がり、同じように暖かい日差しスキンシップでタッチして心通わす(^^;

今日は月初の訪問日なので、クランベリージュースをお届けだ。

2月分のクランベリージュースを介護スタッフに渡す。

それから、洗濯の開始、いつものコースで3時間(乾燥まで)開始。
洗濯が終わるまで、談話室で遅めの昼食をとりながら昨日入手したばかりのモバイルタブレットを使ってブログの更新をしてみた。

ミニおにぎりと緑茶でランチ
 このところ、病院での選択の待ち時間にノートPCを持ち込み、ブログの更新がパターンになっていた。

しかし、ノートPCといえども、重いし大きい    そこで年初あたりから物色していたWindows10のタブレットを2万9000円で購入した。

写真のようにキーボードを付けてノートPCとして使えるしキーボードを外せばタブレットとして使えるデバイス。

これを使って、洗濯待ちの間、K-COさんのブログを更新しているのです。




2015年11月22日日曜日

カレンダー上の日付け

kーcoさんの病院に来てる。

いい夫婦の日

端から見て仲睦まじい夫婦も、そうで無い夫婦も、この日ばかりはハロウィンの仮装のようにそれを演じるのだろうか?
お互いに慈しみながら歩んできたか?
感情に任せて、相対して来なかったか?、そんな反省する日でもあるかなっ!?
と、洗濯が終わるまでの待ち時間に身近の風景、花々をスナップしながら思ってみたりしながら、毎週のお勤めで切なくなる気分を押し隠す。

2015年3月16日月曜日

Happy Birthday

今日3月16日は、K-COさんの6*歳の誕生日だ!!
 弥生の月に生まれたK-coさん、お誕生日おめでとう!!
先週、病室が移動になり、現在はナースステーション前の個室です。
これまでは、4人部屋での療養だったのですが、個室に移ったので、語り掛けをするにも
大きな声で、遠慮することなくK-coさんに話しかけられます。
片肺に溜まった痰 出しの成果があったのか、だいぶ綺麗な痰になったと、担当の看護師さんのお話です。
いつものように、洗濯の合間、院内の野良猫を観察して、病室に戻りK-coさんに報告です。


2014年8月1日金曜日

介護病棟に提案

現在、k-coさんがお世話になっている箱根病院の療養介護病棟にはランドリールームに全自動乾燥機能付き洗濯機が各フロアに一台設置されている。
無料で利用出来るので毎週のkーcoさんのお洗濯に利用させてもらっている。

ちょっとした改善要望出して、翌週には実施されていた。
恐るべし?箱根病院の介護士さん。
これで、洗濯終了で放置される事もなくなるでしょう。
散々待った挙句に面会時間が過ぎてしまって前回は無駄足だったけど。


2014年1月3日金曜日

2014年 K-coさん

2014年になり、病院で迎える2度目のお正月のK-coさんです。
2014/01/03
昨年暮れに訪れた際には、ベッドがカーテンで囲われており、医師に尋ねると、病棟内でMRSA(耐性黄色ブドウ球菌)が検出されたために、一時的措置で囲っているということでした。

MRSAは、普通の健康な者にとってはどうという影響も及ぼさないらしいが、K-coさんのように体力が落ちていたり、術後の患者にとっては、リスクのあるものだそうで、そういったリスクへの対応だったらしいです。

明けて、3日に病室を訪れると、いつのように薄っすらと目を開けてテレビに目をやるK-coさん、ベッドのカーテン囲いも取れていました。

最近では、、瞼の上下が困難になってきて、瞼の閉じた状態が多くなっています。
そのため、意思の疎通もとりにくいです。

顔面のマッサージをすると暫くは開けていられるのですが、瞼が下がるのです。

こうした形で、ALSという病は徐々に患者の肉体的機能を奪っていってしまうのですね、新年に思うことは、この病の病態解明が進み、的確な治療方法が確立されることを思い願うのみです。

一番辛い思いをしているK-coさんにとって少しでも状況を改善できれば・・と思う日々ですが明るい希望が開けると良いです。

病室を訪れて、僅かでも、こちらの呼びかけに目で反応することだけでも家族にとってはかけがえの無い嬉しさです。

今年も、K-coさんと共に療養生活のスタートです。


2013年10月20日日曜日

患者家族としての機能評価


今日も1週間ぶりの面会とスキンシップとお洗濯に行ってきました。

朝からこちらは小雨が降っていて出掛けるのは躊躇したけど、待っているかと思えば、家でのんびり過ごすわけにもいかず昼過ぎに出掛けました。

今日は、先週気になった看護体制の事で病院のスタッフに話を聞いてもらいました。

というのは、現在、K-coさんは気切しており声も出せず四肢はもとより全身が動かせずに寝たきりの状態です。
そんなK-coさんが唯一の生命線であるナースコールで、痰の吸引を要求した時のことでした。

その時は私が居たので周りに居た看護師さんに声を掛けて処置してもらえば良かったのでしょう、実際、そうすることもできました。

しかし敢えてそれをせずに普段の対応を伺うつもりで一緒に待っていました。

まぁ、コールしてもすぐに来てくれることは病棟の看護体制の人員的な厳しさから無い物と大目に見るとして、待っていました。
ようやく来てくれたと思ったら「どなたですか?」と呼びかけます。
病室の入り口でです。

本来なら、個々のベッドを回って様子を伺うべきかと思ったのですがその時の看護師はそのようなことはせずに入り口から見渡すだけ

そこで、声の出せる患者が、この時とばかりにその看護師に声を掛けて何かを要求したらしく、看護師はその患者さんの要求に応じて処置を済ませ、病室を出て行ったのです。

その様子を見ていた私は、この病棟の患者はみんながみんな声を出せ何かを訴えられる患者ばかりではない事は、そこを職場としている看護師は熟知して然るべきなのに、その周知が徹底していないということを感じたのです。
見れば、まだ経験の浅いと思われる若い看護師さんでしたが、そうした配慮をすべき現場で有ることを普段の職場での教育に生かして貰いたいと思いました。

そうしたことがちゃんと機能する病院になってもらいたいと思い、今日は、敢えて、一患者家族の立場からお話しさてもらった次第です。

今、Kーcoさんには、これだけが頼りです。
このタッチプローブのナースコールと看護師さんの質問に目で応じる事でしか自分の要望を伝えられないのです。


2013年8月24日土曜日

夏祭り当日

昨日(8月21日)は、kーcoさんが入院している病院で 「ホームカミングデー」 と称した夏祭りイベントが催されました。
K-coさんの長年の友人も来てくれました。

病院駐車場が会場 生バンド演奏中
kーcoさんはこの日に向けて車椅子への移乗トレーニングをして病室から出てお祭りを見るために準備していたのです。
この日のために車椅子への移乗トレーニングの成果
当日は、夕方の経管が済み次第に、会場を見渡せる場所へ車椅子での移動ということで、六時近くになって、ベッドから車椅子に移乗し、呼吸器を車椅子に取り付けて待機。

各病棟の患者さんたちも順次、移動し始めて、ようやくK-coさんの番が来ました。

気切以来半年ぶりに病室を出て、呼吸器を装着した車椅子でお祭り会場が見渡せる病院管理棟二階に移動です。
移動先には、既に何名かの患者さんが、それぞれ車椅子や、ベッドで窓際に集まって、病院スタッフさんたちに見守られながら、お祭りを見物していました。

二階からなので生憎、演奏中のバンドの様子をK-coさんは見ることが出来ませんが、それでも懐かしいビートルズナンバーを楽しめた様子。

会場となった駐車場のほうには、比較的症状が軽く、酸素マスク、呼吸器等を使用していない患者さんや、その家族が、大勢いらっしゃって、祭りを楽しんでおりました。

バンドのステージが終了し、いよいよ花火のスタートです。

花火は、狭い会場を考慮して、大きな花火ではないのですが、20分程度の間、東海大ブラスバンドの学生さん達の演奏に合わせて、打ち上げ、仕掛けなど多彩を極め、楽しめました。
こうして、夏の夜のお祭りが終了して、K-coさんも久しぶりに、テレビ以外の景色を見て、気分転換できたと思います。

病院のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。
殊に、K-coさんを担当してくれていらっしゃる、看護師のS君、数ヶ月前から、この日のために車椅子への移乗トレーニングをしていただき、当日もわざわざ出勤していただき付き添ってくれました。

K-coさん共々、感謝の極みです。

ありがとうございました!!

 

2013年7月2日火曜日

お世話になりました。

一昨日の日曜日、いつものようにKーcoさんに面会に行きました。

病室に入ると、珍しく寝てました。

声を掛けると、トロンとしてこちらに視線を向けます。

何だか、元気がなさそう。
体調でも悪いのかと尋ねると、そんな事も無いと答えるのですが、どうも様子がおかしいのです。

取り敢えず、お洗濯の準備をして戻ってくると、Kーcoさんが、私に

「xxさんが辞めた」

と伝えます。
xxさんというのは、看護師さんでダイビングが好きで私の故郷、奄美の海をダイビングの拠点にして年の半分以上は向こうで過ごすという看護師さんの事です。

奄美と言う共通の話題も有ってか、これまで何かとお世話になっていた看護師さんの1人でした。

そんな訳で、気分が落ち込んでいたのでしょう。(≧∇≦)

そして、もう一人、お世話になっていた看護師さんが本日付で退職されるというのです。

落ち込む気も分からないでは有りませんが、感謝してお別れしなくてはなりません。
発声出来たら自らの声で感謝を伝えられるのでしょうが、文字盤の文字を一文字づつ示して、5文字の「あ り が と う」を伝えたKーcoさん、涙目になりながら看護師さんを見つめています。

そんな訳で、気分が落込んでいたK-coさんにお別れを言いに見えた看護師さんとの2ショットを撮ってあげて、彼女の枕元にあるフォトビジョンに送信しました。



2013年4月16日火曜日

その後(フォトビジョンで動画)

前回の記事で、うまくフォトビジョンで観ることが出来なくて、フォトビジョンを持ち帰って再度動画をコンバートすることになった経緯は書きました。

その翌日に、家でもう一度確認してみると問題なく再生できるではありませんか。

どうやら、動画を収録したSDカードを挿すタイミングが悪かったようで、完全にフォトビジョンの電源を落としてから、SDカードを挿して、電源投入することでちゃんとSDカードも、その中の動画ファイルも認識してくれたのです。

早速、翌日仕事を終えた足で、病院に直行して、K-coさんのベッドサイドにフォトビジョンを取り付けて、一作品を再生し、観て貰うことができました。(^^)

本来、猫好きのK-coさん、目を輝かせて見入ってました。
世界ネコあるきに見入るK-coさん

K-coさんの状態ですが、先日、リクライニングタイプの車椅子への移乗を試みて、看護師さんに伴われて、病室を出てナースステーションまで行き来させてもらったようです。

ずっと寝たきりの状態ですので、リハビリしてはいるものの筋力のない手足の関節が強張って、車椅子への移乗も大変だったらしいのですが、これも徐々に慣れて、いずれは、呼吸器を搭載した車椅子でのお散歩も可能になる道が開けたようです。





2013年3月23日土曜日

枝垂桜をお届け

今日、土曜日は休日出勤でK-coさんのもとへは伺えないと思い、あらかじめK-coさんにはその旨伝えていましたが、仕事が3時に終わったので、そのまま、K-coさんの入院する病院の駅の一つ先、「入生田」まで行き、そのまま県内でも有名な枝垂桜があるという長興山へと出かけて写真に収めてきました。
長興山への入り口
この参道を坂の勾配が急になる山道を10分ほど歩くと、目的の枝垂桜が拝めます。

勾配のキツイ坂道を登ってゆくと、そこには枝垂桜

樹齢300年以上の長興寺の「枝垂桜」

太い木の幹は300年以上の風雪に耐えた力強さを見せ付けます
淡い色合いの枝垂桜はまるで墨絵のよう

現地に着いたのは夕方近く
息が切れるほどの急勾配の山道を登ること10分、目的の「枝垂桜」が見えてきました。
上り坂を克服して、見えてきた風景は、上り坂の辛さを吹き飛ばしてくれました。

およそ、二時間ほどをここで過ごして、坂を下って、駅を一つ小田原行きの箱根登山鉄道でもどりますと、K-coさんの居る病院がある風祭です。

ひとまず、そこで下車して病院に顔を出して、K-coさんの様子を伺いました。

今日撮ってきた桜の写真を見てもらおうと思い立ち寄ると、病室のベッドの上でK-coさん、テレビを見ていました。

早速、撮って来た写真をダイジェストで見てもらい、その中から、お気に入りをフォトビジョンに送り込む予定です。

ちなみに、今日のK-coさんは、元気そうに思え、安心しましたよ。




2013年2月18日月曜日

患者の葛藤

生きたいと願う思いは大事にすべきだと思う。

はからずも、ALSという難病に侵されて、身体の自由、言葉、食べる楽しみを奪われたK-coさんは、これまで、気管切開を頑なに拒否していた。

年が明けて、誕生日を来月に控えた昨日、いつものように病院で、K-coさんのそばに居たとき、手招きして私を呼び寄せて、手のひらに文字を書いて、こう伝えた。

「ズット カンガエテイタ」
「ノドニ アナヲ アケヨウト オモウ」

気管切開を受け入れたようだ、私は

「わかった、先生に伝えるけど、自らも、先生が見えたときに伝えるんだよ」

と、答えたが、内心は複雑な思いだった。
今、肺炎を起して、体力的に衰えている状況で、気管内挿管および、気管切開術に耐えうるのか、そのリスクは?? などなどである。

しかし、本人の意思として「気管切開を望む」事を我々周囲のものが拒否することは出来ないわけで、本人が果たして、まだ生きていたいと願ってのことか、現状の呼吸不全の緩和の道筋として選択したのかは、本人の心のうちにしかないので、それをとやかく尋ねることはしなかったが、どうやら後者のほうを選んだらしいことを筆談で伝えてきた。

ともかく、この事を休み明け早々に、主治医に相談しなくてはならない。

朝、病院に電話して、医師に連絡をとると、既に医師はその事を本人から聞いており、それに関して、今後の対応を手短に話してくれた。

午後から、病院にいきます。



雨水の今日は朝から雨です。



2013年2月12日火曜日

呼吸不全と肺炎

先日の、発熱はやはり、肺炎だった。

2月12日の午前中に、主治医から電話があり、「胸部レントゲンと血液検査の結果左肺に肺炎を起こしていることが判明したため、今後、抗生剤投与を行います。」

との事だった、明日(13日)、病院に行く予定だったが、今日も仕事を終えたらそのまま病院に向かった。
病室では、K-coさんのベッドサイドに点滴スタンドが何本か立っており、抗生剤と、点滴栄養etcの点滴が行われていました。

K-coさんは、目を閉じています。
息苦しさを緩和するための薬が効いているのか、うつうつとしているようですが、それでも私が側によると薄っすらと目を開けてこちらを見て、手のひらを上げようとしますよ。

声を掛けて、二言、三言、話かけるとちゃんと頷いて、自らも手のひらに文字を書いて伝えようとします。
それを観ながら、私がその文字を読み上げて彼女の意思を理解するのですが、やはり週に1,2度しか彼女の側にいて上げられないのでは、理解度が低く、何度も彼女に文字を書いてもらって、疲れさせてしまいます。

そこに、主治医が見えて、今の状況を説明してくれました。

彼女の肺炎のこと、それの治療方針と今後の状況変化などです。

今は、K-coさんにとって、酸素マスクが命の綱で、呼吸筋の衰えが進行していることで、マスクを外して痰の吸引に時間を要する事による、酸素量の低下低酸素状態のリスクなどと、今の彼女の不安。

昨年、春はまだ左手と顔面の緩みが顕著だった機能低下も、今では、嚥下障害、歩行はもとより、腕の上げ下げも機能を失って、いま呼吸機能の低下が進行しつつある。

医師はALSの病状と進行スピードは患者によってまちまちだと言うが、K-coさんの場合その進行が早いように思える。

この日の帰りに、K-coさんは、筆談で
「Aさんと、Bさんに私の今の状態を伝えて・・」と
そして
「パジャマを持ってきて・・」と伝えます。

これまで、パジャマは嫌がっていて、スパッツとTシャツトレーナーだったのに、今回の抗生剤の点滴が足の付け根の太い血管からから投与されるために、スパッツでは大変なんだと思います。

面会時間をオーバーして21時過ぎに眠り始めたK-coさんを確認して帰宅の途に付きました。

-----------------------------------------------------------------------
医師によれば、この状態で、後どれくらい頑張れるかは、本人の体力と気持ち次第だと言います。
肺炎が収束に傾いてくれれば、呼吸不全の度合いも軽減される可能性もあるが、突然の窒息・・もありえるので、予断は許せない・・・ということでした。





2013年1月5日土曜日

気管切開は、やはり拒否

年が明けて、最初の土曜日

年末に打診していた、k-coさんの気管切開の件。

主治医と、k-coさんと私の面談が有った。

1月5日 土曜日は、午前中出勤だったので、3時過ぎに病院に向かった。

主治医は、当直だということだったのでゆっくりと時間を取ってもらって話すことが出来た。

今後の進行によっては、呼吸機能の低下は更に進み、併せて痰の詰まりや、誤嚥による急変は充分に起こりうる状況であること。

そして、現段階で、気管切開をして呼吸器の使用を始めるとなると、年末から始めた息苦しさと不安感を緩和するための医療大麻の使用をストップして、気管切開の準備を早急に進めなくてはいけないこと。

そして、何より、本人の意思が、まだ気管切開に傾いていないこと。

仮に、気管切開をして呼吸器装着をしたとしても、延命という見地から見れば、必ずしもそれを保障するものではないと言うこと。

そうした話を聞きながら、私としては、本人が望まない気管切開を私のエゴ(息苦しさに辛い思いをしている様子を見たくないという)で、推し進めることを断念し、あくまでも患者自身の尊厳を重視して、本人の意志に任せることとして

医師とともに、病室のベッドに居るk-coさんののもとに行き、改めて意思を確認して、従来の方針で行くことを決めました。

今後、k-coさんの命の残り時間がどれだけ有るかはわかりませんが、其の時が来るまで、少しでも本人が楽なように過ごしていけるようにサポートしていくだけです。

そんなわけで、何も話すこともなく、夜8時ごろまで一緒に過ごして帰る時間になりました。

毎回、病室を出て、家路に着くたびに思うのは、世の中に色んな難病があり、これといった治療応報もないまま、対処療法だけで、やがて召されるその時を待つだけの患者の気持ちです。

また、そうした難病対応の医師たちは、どんな気持ちで患者に接しているのだろうか?ということです。

医師とは。。。病を治す手助けをするもの?
治る術のない病気を担当する医師のジレンマはあるのか?

まぁ、病因すら解明されていない難病で、ましてや治療法すら確立されていない難病ですから、その進行に応じて発症するあらゆる弊害への対処を行うのが精一杯なんでしょうが。。。

恨むべきは、その病気なりっ!! ってところですかね。

対応してくださる、医師も看護師も、現状の対処に精一杯当たってくれているので、それだけでもありがたいことです。


2012年12月31日月曜日

kーcoさん@大晦日

昨夜、kーcoさんが痰の詰まりで吸引しきれず苦しんだ姿が脳裏に焼き付いたままこれから病院に行きます。

晴れて陽がさす大晦日です。




今日は、k-coさんに、ある事を打診してみようかと考えています。

果たして、k-coさんがそのことを受け入れてくれるかは判りませんが・・・

ある事、とは

今後のk-coさんの病状を考えると、これまで彼女自身が拒否している気管切開と呼吸器の導入を勧めることで、現状の息苦しさを緩和できるのではないか?
ならば、それを受け入れてみたらどうか?ということ

年の瀬、大晦日の、観光地に向かう電車は、乗客もまばらです。


大晦日前日のK-coさん

30日、今日からお正月休みに入ったので午後からkーcoさんを訪問しました。
生憎、朝から雨が降り続いていて、家を出るのが遅くなり、病院に着いたのは午後一時過ぎ。



早速いつものようにお洗濯を開始して、先週からの近況を話します。

伝の心で、メールを開いて、先週k-coさんに送ったコンビニ店長ニャンコの写真を、画面いっぱいにして見せてあげると、目を輝かせて見入っています。

そして、手のひらに指で文字を書いてその猫のことを尋ねます。
そのあと、担当看護師の誰それさんもを飼っているんだよ・・と猫談義します。

処置にみえた看護師さんに、自分の携帯にある以前飼っていた我が家の猫の写真を見せてくれというので、k-coさんの携帯を開いて、看護師さんに、猫の話をします。

その後私は出掛けに、購入したちっちゃな飾り餅を、先週飾りつけたクリスマスデコレーションの代わりにベッドサイドにセットします。

残念ながら、K-coさん、今年の年末年始は病室で過ごすことになります。

できる事なら、家に連れて帰ってお正月を迎えたいのですが、今の状態では、K-coさんにとっても私にとっても大きな不安を抱えます。

しっかりとサポートしてくれる病院で過ごすのがお互いの安心だと思うことにします。

夕方の経管が始まりました。
今日は夕方から痰の吸引がうまく行かずに2時間あまり吸引を繰り返し、K-coさん随分と苦しく思いをしたようです。

カフマシンでうまく痰が取り出せないようで、スクイーズで痰を押し出しては吸引を繰り返します。

吸引中に息苦しくなり、マスクをつけて呼吸を整え、再び吸引を繰り返す様子を側で見ていることしかできない自分がもどかしくてたまりませんでした。

看護師さんたちが、K-coさんが息苦しさでパニックになっているのを落ち着かせるように声掛けをすると、幾分、落ち着きを取り戻したようで、次第に溜まっていた痰も吸引できるようになって、時計を見ると、8時を過ぎています。

どうやら、k-coさん、だいぶ体力を消耗したらしく、うつらうつらして眠くなってきたようです。

9時過ぎまで、そばで様子をみて、今日は帰ります。

先日の、先生の話では、今日のような状況が今後は起こるようになると話していました。

今日は本当に、辛い場面を目の当たりにしました。
K-coさんの苦しみをとって上げることができれば、どんなに楽かと・・・・辛いですね。

明日、大晦日も顔を出すことを約束して、落ち着きを取り戻したK-coさんに伝えて病院を後にしました。